告別
5月4日、身内だけの告別式に出席する為、愛知から東京目黒に向かった。
告別は、別れを告げるって事なんだろうが、ボスに何を言えるだろうか…
さよならなんて、言うつもりもない。
ありがとうございました…も、言ってはみたが、これからも、言わなくては
いけない事があるから…何度も言わなかった。
こういう集まりは、ボスもちょっと苦手だった。
みんながいないところで、よく2人でタバコを吸って、なんだな〜なんて
話をしていた。それを想い出して、出棺の準備の時間、みんなが別の部屋で、
待ってる時、棺桶のボスにそっと話かけてみた。
よく、あの頃ちょっと抜け出して話をしてたように…
『ちょっと、待ってもらえませんか…行かないでもらえませんか…』と
それには、理由があった。デビュー40周年何かやろうと、思うんだ…と
話していたのは、ボスだった。それに向けて曲を作って、ナイスミドルで
録音しよう…と、それまで完治するから…と
でもほんとは、それは引き止める理由のひとつにすぎなかった。
ほんとは、ボスが行ったら…なんて、考えた事もなかった。。
だから、『そうだな…やめとくか』って、言ってもらわないと
だめだった。
でもなんにも、話してくれなかった。
ただ、とても穏やかな顔だったけど『いや、行く』と
確かに、俺にはそう感じた。そして、確かに俺にこれからのメッセージをくれた。
3日前にさかのぼるが、
5月1日11時30分頃、娘と近くのレストランで
ハンバーグを食べてた。そういえば、ボスとよくハンバーグを食べたのだった。
(あとで思うと不思議な事が、いくつもある)
食べ終わった頃、ボスの家族から電話があって、病院へ
でも、そんなに深刻に思わずに病室に入り、周りの雰囲気に
言葉を失った。
それから、20分弱、俺がボスに会えた最後の時間だった。
待ってくれてたんだ…と、そう思う。
ボス。いつも、一緒にあっちこっち旅をさせてもらってたから、
見送るのは、とてもつらいです。
また、会えますよね。絶対ですよ。
気をつけて、行ってきてください。
約束は、必ず守ります。
ボスあなたは、最高です。
ボスへ
三宅伸治
2009年05月08日
告別
posted by miyake shinji at 09:45
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| Miyake's BLOG


あなたのボスはいつも一緒に居るよ。
いずれ私達も行く場所で、いつかまた必ず逢える。
また生まれ変わっても、きっと仲良く旅をするよ。
切れない縁があなた達二人にはあるから…。
彼もあなたに逢えて幸せだったよ。
頑張ってね。
今はそれしか言えないけど。
人生は続くから…。
あなたが笑顔になれる日を、遠くからずっと祈っています。
ボスへのお手紙をブログに載せてくれて
ありがとう
来月にはライブに伺えそうです
また!
寂しさと、悔しさと、清志郎さんの曲との思い出が混ざって。
伝えたい事が沢山あるのに、何を伝えていいかわかりません。
だだこれから先も、清志郎さんが大好きで、
清志郎さんの音楽で沢山の思い出が出来るということ。
それは何十年経っても変わらない「真実」だと思います。
今朝、三宅さんの夢を見ました。
オイラはやっぱキヨシロー氏のことを
聞きたくて、でもためらいもあって・・。
で、少しだけ話しました。
TVで出棺のときに三宅さんの姿を
見ました。それでもなんかオイラには
実感ありません。
だって最後まで我々にはまったく
悲壮感見せなかったから。
オイラの感じはトークなどで見せる
薄笑いで・・
(生死の間にある状態が)
「なんか中途半端なとこにいるから
一回行ってみようかな・・なんて」
で、どうでした?
「いやぁ(笑)、来てみたら
なんか戻れなくなったみたいで(半笑)」
いくつになっても悪戯少年のような
あの笑顔とあの声がそう言ってる気がして・・。
長々とすいません。
旅は続きますね。
そして旅先には待ってる人が
たくさんいます。
オイラもまた同じ。
今月ですね。待ってます。
そして、頑張って下さい。
高校の卒業式でみんなでサッドソングを歌って後輩が泣いてました
三宅さんの歌い続ける姿を応援してます
関西は、明るい空に、雨が降っていました。
なんだか、
やっと少し落ち着いた気持ちで、
仕事へ向かうことができました。
私たちは、
いつも三宅さんの旅を
楽しみに待っているけれど、
くれぐれも、
お体だけは大切に。。。
そしてやっぱり、
楽しみに待っていますね。
ボスとの約束 ぜひ実現して下さい!!
何でも協力します!!!
月並みな言葉ですが
ボスはいつもすぐそばにいてくれてますよ。
三宅さんの力強い歌が大好きです。
40周年ライブ楽しみにしていますよ。
今夜はハンバーグにしようかな。
三宅さんとボスの笑顔を思い出しながら…。
清志郎さん、「行く」って?
…じゃあ、そうなんだ…
私は、自分は充実したファン人生だったと思え始めてきています。
楽しいことが、いっぱい、いっぱいありました。
何だかいつも、優しくしてもらっていた気がします。
ステージから、CDから。
どんなに清志郎さんを好きか、どうやったらそれを伝えられるか、そればっかり考えていた気がします。
頭の中で、いつもファンレターを考えていた気がします。
春が来た、戦争が憎い、三宅さんが仙台に来てくれた…
なんだって、聞いてほしかった。
三宅さんが歌ってる、
寛平ちゃんが走ってる、
私たちが清志郎さんの歌を口ずさみながら、誰かに優しくしたいと思う、だから、
清志郎さんの夢は生きてる。
清志郎さんに、叶わない夢なんて、似合わない。
夢が生き続けてくれるから、
また、頭の中で手紙を書きます。
どうしても、また会える気がしてならないんです。
まさか、こんなに早く更新されると思ってもいなく、でも、ただなんとなく毎日三宅さんのブログに来てしまいます。
自分の中だけにしまっておきたいことかも知れないとも思ったりして、みんなに伝えてくれて、本当にありがとうございます。
今月、札幌・小樽どちらかきっと行きます。そして、清志郎の魂を抱えてよりソウルフルになった三宅さんに会い、オイラも「魂のかけら」をほんの少しでももらえればと思います。
こんな時に一緒に泣いたり励ましあったりしてくれたのは、みんなボスのおかげで出会った友達でした。
そして、今は何より三宅さんからのメッセージで救われています。
ボスのおかげで、これから先もたくさんのすばらしい音楽が生まれると信じています。
くれぐれもお身体に気をつけてください。
ありがとうございます。。。
でした。
ふだんは滅茶苦茶クジ運悪い私なのに、この時だけは神様が味方してくれたのかもしれないです。
MCで「業界人なんて大嫌いだ。」ってちょこっと本音をつぶやいたりして、その時、心開かれたようでちょっと嬉しかったの思い出しました。
あの夜のボスの歌声はたぶん今まで聴いた中でも最高に素晴らしかったです。
三宅さんとボス、きっといつか会えますよ!
私もまだボスがもうこの世にいないなんて信じてないですもん。
いつまでもずっと繋がってると思ってますよ♪
それじゃあ、本当なんだね。
ボスのいない世界なんて、考えたこともなかったから、ちょっと途方に暮れちゃってるけど‥。
ボスの言うことに間違いはないし、ボスはいまだかつて決して裏切ったことのない人やったから、うちはやっぱりボスに従う。
伸ちゃん、あたしも一緒に旅を続けさせてください。
そして身体に気をつけて。
三宅さんのブログを見てなんか落ち着きました。
これからも旅は続きます。ボスも一緒に付き合ってくれるんじゃないんでしょうか。もちろん僕らも一緒です。これからも応援します。がんばってください。
ありがとうございます。。。
清志郎さん、行っちゃったんじゃなくて
行って来るんですね。
いつか、また会える時がきますね。
そして、私たちは三宅さんと会えるときも待ってます。
身体に気を付けて旅を続けてください。みんな旅先で待ってます。
言魂ってこういうことか 。ありがとうございます
三宅さんのファンであることが私の自慢です。
ライブにはたまにしか行けないけど
これからもずっと応援してます。
どうか体調崩されないように。
そして、CHABOさんだけでなく、伸ちゃんも一緒に最後を看とってくれたことはファンである私たちにとって、とてもうれしく本当に心から「よかった」と思う。
昨日、5歳の娘にこう話しました。
「今までの神様はなんだか頼りなかったけど、清志郎が神様になってくれたから、きっと平和な世の中になるよ!!」
キレイな虹の橋をかわいい天使たちに囲まれて、ギター片手に歌いながら渡って行く清志郎の姿が眼に浮かびます!
みんな、愛し合ってるね!
三宅さんと一緒にステージにいる清志郎さんは、客席から見てるだけでも
ほんと誰よりも気を許してるというか、なんというか、、そんな風に見えました。
ただの、1ファンのおれが三宅さんにかけられる言葉なんて、、出てきません。
清志郎さんに対してなんて、ますます、、、ってなもんです。
ただ、悲しい、、さびしい、、もういないのか、、と、
ただただ、ぼー然としてるだけです。
三宅さんに今、直接言える言葉もないし、どんな顔で会えばいいのか分からないので、ここに書き込みました。
明日、告別式に行って、10日GBに行きます。
ぜんぜん、よくない出来事だけど良かった。
ボスのライブから沢山の人を知りました
三宅さんも、ヒロトも、私はボスのライブを通して知りました。
沢山大切なものをみんなに届けていったボスに感謝。
僕が現場に着いたときには、会場を後にする為、すでに外に車が待機していたのでした。
勝手ながら、待っていてくれたのかなぁと。
三宅さんのブログ読んで、その時の情景が浮かびました。
それと、三宅さん20周年の時のボスと一緒の「約束」、僕にとっては、あの時の感動は一生忘れられません。
ボス、伸ちゃん、ありがとう!
いっぱい、いっぱいありがとう。
今夜はSOUL SISTERに魂預けたからね。ずっと応援しているよ。
師弟であり兄弟であり親友であり、最高の…
そんな2人の約束は必ず守られるはずです。
伸ちゃん・・・RESPECT&LOVE!!
最後まで清志郎はやさしかったですね。
素晴らしいコメントでした・・
みんないろいろな形でのお別れをすれば良いと思います。
泉谷さんのお別れの仕方もありですし、
チャボさん、伸ちゃんのように最期を看取られたお別れもありです。
(辛かったでしょうね)
私たちファンもそれぞれのお別れで、いいと思います。
ちなみに私は清志郎が荼毘にふされたであろう時間に、
空を見上げたら東から西へ伸びるまっすぐな雲を見ました。
清志郎が飛行機に乗っかって次のステージへ飛び立っていったように思いました・・・
今頃「地味変」の本物に会ってるのかな・・・
三宅さんの言葉、ひとつひとつ大事に読みました。
ありがとう。
清志郎さん、みんなより先に行くだけで、さよならじゃないんだと、三宅さんの言葉で確信しました。遠くじゃない。みんなの側にいるよね。
三宅さん、お体気を付けて。またライブ絶対行きます。
三宅さんは最期を看取られですね…そんな気持ちでツアーで出られることですと、とても心配しています。でもとても、心配です。
私もいちオーディエンスとして、近々三宅さんのLIVEに行く予定です…そのとき、どんな言葉をかけていいのか、今患い中のパニック障害が出て。泣き続けてしまうのか、不安は在りますが…
でも行きます。ROCKとSOULを聴きに…
こんな時、周りを気遣える三宅さん、
貴方の優しさ、強さも、最高です。
くれぐれも御自愛ください。
無理だけはしないで下さいね。感情おさえすぎることのないよう、三宅さんは三宅さんのままでいて下さい。
ボスとのこと。
ボスとのとても大切なこと。
書いてくれて本当にありがとうございます。
嬉しい・・っていうのは変だけど・・見送るのはつらいけど・・でも、なんか、よかったです。
でも口には出さずとも哀しい気持ちをその場の皆で共有しあえたいいLIVEでした。
「思い出話なんかしたくないんだ」という一言に、あー伸ちゃんはまだ信じてないんだなと思いました。
私ももう少し時間がかかりそうです。何を以ってもこのぽっかり空いた穴を埋めるものがみつかりません。
でも好きな気持ちにかわりはなく、お二人に対する想いはこれからもかわりなく熱いままです。
これから先も追い続けて行きます!三宅さんがいてくれて良かった。ありがとうございます。
清志郎さんが三宅さんを見守ってくれてるの感じました。
そんななかライブをやっていただいていなんて、言葉になりません・・・
清志郎さんが亡くなったと知ったときは、
最後にとっても元気な姿しか見ていなかったので、全く実感なかったのですが、
ニュースで告別式を見たり、日にちがたつにつれボディブローのように効いてきました。
ほんとにほんとに素敵な時間をいただいていたこと、心のこもった愛の歌を届けてくれていたこと、感謝の気持ちでいっぱいです。
だけど、絶対清志郎さんは、うえから
ちゃんと観ているんだろうなと思います。
魂は死んでないと思うから。
きっと、私を慰める為だと思います。
今夜は、あなたのブログに、励まされて眠れます。
ありがとう
三宅さんの音楽に力を、愛を、感動をいただいています。
これからも三宅さんらしく〜。
昨日の夕方、職場の窓から大きな虹を見ました。
いろいろなことを思ってしまった瞬間でした。
あなたはとても優しく、でも、とても心の強い人ですね。ボスがこれまでやってきたように、三宅さんもたくさんの「夢」を実現していって下さいね。ずっとずっと応援しています!!!!!
伸ちゃんと呼ばせてください。
本当にすごく前。
伸ちゃんが曲作り作詞に煮詰まっていた時に、清志郎さんに相談すると、「お前は寝てるから駄目なんだ。寝ないで書け。夜に言葉が降りてくる」というようなことを言われた、というエピソード。
何故か20年近くたった今も忘れられません。
伸ちゃんを通して、清志郎さんの素顔をいっぱい見せて貰えた。
伸ちゃん、本当に本当にありがとう。
訃報から初めて今涙がぼたぼた落ちて、声を上げて泣きました。
テレビや新聞で報じられているのもちゃんと見ず、清志郎さんの歌も聴かず、ただただ、どきどきしていました。目を向けられず、とてもこわくて、ほんの少し怒っているような変な気分でいました。
だけど「告別」、読んで、今何だか解ってきています。久しぶりに深く息を吸えた感じ。こんなふうに私たちに伝えてくれることに、心からありがとう。
訃報から初めて今涙がぼたぼた落ちて、声を上げて泣きました。
テレビや新聞で報じられているのもちゃんと見ず、清志郎さんの歌も聴かず、ただただ、どきどきしていました。目を向けられず、とてもこわくて、ほんの少し怒っているような変な気分でいました。
だけど「告別」、読んで、今何だか解ってきています。久しぶりに深く息を吸えた感じ。こんなふうに私たちに伝えてくれることに、心からありがとう。
ジェシ・デイビスの「マイ・キャプテン」のように伸ちゃんのキャプテン(ボス)はキヨシローだと思う・・・
「そのハートが金のように透明だと確信している」
ソウルフルで最高の音楽へと俺を導く・・・・
6月の吉祥寺に行かせて戴きます・・・
その時はぶちかましてください!!!!!!
いっぱいの愛に、心が振るえました。
あなたとボスの関係が、私の青春でした。
また、ライブに行きたいと思います。
昨朝の激しい雨から、雨上がりの夜には、ジンライムのような、お月様がキラリ★思わず、お月様を、見入ってしまいました。
まんまるお月様の中には、一旗うさぎと一緒に、清志郎さんが、ギター弾き…楽しくセッションしているように見えました。
最後まで、イキな演出をしてくれるな〜!さすがGOD!
今日、私も青山に会いに行きます。約束だから…笑顔で会えますように…
三宅さんは、清志郎さんを看取ることが出来たんですね。
ブロクを読んで少し安心しました。
40周年Liveでもボスに会えること信じて、私も頑張ります。
今日は、どうしても青山に行くことが出来ないけれど、三宅さんのLiveに行ったらボスにも会える気がします。
どうか、三宅さんお体を大切にして下さいね。
いろんな気持ちと闘う背中を、側で見ている人がいます。遠くから、思う者もいます。
でも、私は、見守るつもりが見守られて、いたわるつもりがいたわられて。ありがたく、せつない気持ちです。
「愛し合ってるかい」って、こういうことなんですね。
スケジュール的にも、精神的にも、何かと大変なこの時期に、
貴重な日記をほんとうにありがとうです。
私も、昨日あなたの日記を読むまでは、清志郎さんの死を真っすぐに受け入れられなかった者の一人でした。
でも、日記の言葉を大切に読んでいき、
そのシーンが映画のひとコマのように思い浮かべられて…
なんだかとてもホッとした気持ちになりました。
天に召されたんだな、とはじめて理解しました。
これからも、彼は、
私達ファンの、彼を愛する人々の、
そして伸ちゃんの胸の中で、変わらずずっとずっと生きつづけるんですね。
また、ライブに遊びにいきます!
伸ちゃんのライブ会場で、ボスにも会える気がします。
お体に気をつけて☆
10何年かぶりに行く、清志郎のライヴ。
私に似合わない、上から下まで真っ黒な格好で。
きっと、素晴らしい時間を、その場にいるみんなと、清志郎と一緒に共有できると信じて、東京へ向かう電車に揺られています。
これからも愛しつづけることを、清志郎に約束してきます。
とても辛い時に日記を書いて頂いて本当にありがとうございます…
清志郎さんが穏やかな表情だったと聞けてとても安心しました
私も今青山に向かっている所です
澄み切った青空
ボスがしょげてる私達を笑っているのが見える様な気がします
メッセージ、本当にありがとうございました。
しっかり泣きました。
昨日は虹がきれいでした。
お身体大切に。
ごめんなさい。
でも、こんどまた、わたしの街にLIVEに来てください。
必ず見に行きます。
あなたのギターと、きっとどっかにいる見えないボスを見に行きます。
重い肉体から抜け出て、前よりずっと軽やかに変幻自在かなって思います。
ボスは「行く」って言ったんですね・・・。
わたしも、いつまでも泣いてちゃいけないですね。
歩きださなきゃって思いました。
また、ボスに会える日まで。
三宅さんにとって一番大切なボスからのメッセージをこうして伝えてくださって
本当に本当にありがとうございます。
ありがとう
今年1月、伊那での三宅さんのライブを思い出しました
雨上がりの夜空に、本当に感動して
涙が止まりませんでした
本当に、ありがとうございます
本当は、もっともっと二人がどんな話をしたのか、どんなことがやりたかったのか ききたいけれど、
やっぱり二人だけのお話にしておいてください。
きっとボスに伝わると思う。伸ちゃんの気持ち
遺影を目の前にしても現実が受け止められません。いつも側にいた三宅さんは僕なんかよりずっと辛いと思いますが、これからも旅を続け、僕らの町にソウルを運んで来て下さい。
僕の息子(6才)のGODはどうやら三宅さんのようです。
KINGもGODもまだまだ「つづく」んですよね!
ボスらしい本当に素敵な式でした。
またマントをひるがえしてくたばっていないぜ!って出て来てくれそうで。
伸ちゃん、これからの日本のロックを頼んだからね!よろしく!
紅白幕の祭壇、ピンクのフレームの清志郎さん、これからの葬儀も変わる事でしょう
日本のROCKが変わったように
今日からの夢は清志郎さんの歌をもっとたくさんの人に聴いてもらう事、ジョン・レノンのように世代、時代を越えて受け継がれるようににする事です
夢は終わりません
では、明日、GBで!
教えてくださって、本当に、ありがとうございます。
三宅さんを待っていたんだ、と思います。
会いたい人に会いたかったんだろうなと。
しばらくコメントのないことを理解しつつ、でも訪れずにはいられませんでした。
そして「悼み」のほんの一部と思うけど、伸ちゃんの言葉を気にせずにいられない私たちに“共有”させてくれて本当にアリガトウ。
漸く少しだけ受け入れられた気がしています。
そして、伸ちゃんの旅も私たちの日常も「つづく」んですよね。
うん、きっと慌てることは何もないのです。
ゆっくり少しづつこの‘不条理’を調整しましょう。
『本物』はどんなに時間が経っても風化する筈などないのだから。。。
今回はどんな気持ちで行けばいいのか判らなくて動けなかったけど、次の大阪はきっと行きます。全国廻り続けて強くなった伸ちゃんはきっと大丈夫だと思うけど、無理だけはしないで下さい。また本当の笑顔で逢える日を楽しみにしています。
ボスが穏やかだった事にも、救われる思いです。
青山ROCK‘N’ROLL SHOWに参加しました。
とても素晴らしい最高のSHOWでした!
まだ信じられない悲しい気持ちですが、ずっと近くにいた三宅さんの悲しみを思うと...。
でもこれからもずっと、私達の中に生きてますものね♪
ずっと一緒です♪
これからもボスの事、ボスの思いを伝え残して行きたい気持ちで一杯です♪
今宵の月はかっこよかったです。
伸ちゃんのボスとの内緒話し、教えてくれて本当にありがとう。あなたの優しさが身にしみます。あなたの強さを尊敬します。
川崎Wood stockで聞いた伸ちゃんの歌。清志郎さんと一緒に作った曲を奏でていた姿。最後にいつもより長く感じる程、深々とお辞儀をしていた伸ちゃんの姿が焼き付いています。清志郎さんへの深い愛、ファンの方々への深い愛をあなたはいつも伝えてくれます。
あなた程上手に伝える事はできないかもしれないけど、伸ちゃんに「ありがとう」の気持ちをこの場を通じて伝える事ができたらいいなと思ってます。
そして、願うことは「またね!」です。
伸ちゃん、またね!
清志郎さん、またね!
see you againです。
読むと少しだけ物語になる。三宅さんの魔法にかけられる。
三宅さんがそんなつもりじゃなかったとしても私たちは救われる。
三宅さんにもそんな魔法かけたいと思う。
だけどなんと言えばいいのかまるで分からないので、今はただ
救われておくことにする。
今は一方的に救われておくことにします。
悲しいし、寂しいし、本当にツライけど、曲が聴けなくなったわけじゃないのが救いです。
三宅さん、美馬で会えるのを楽しみにしています!
でも、亡くなった人って、亡くなった瞬間に痛さや辛さやいろいろなことから離れて、スッと楽になっているに違いない。
そう思いたいです。
キヨシローさんも家族との別れ、親友との別れの辛さも忘れて、また生まれ変わる次の人生をどんなものにするのか楽しみにしている頃かも。
そう思いたいです。
そう思わないとやりきれないです。
助かります。本当に感謝です。
昨日の青山で本当に死んじゃったんだと思って、
それでもパワーをもらって明日から頑張ろうと思ったけど、
いっぱい飲んで、酔っ払って、行く店、行く店にRCかけてもらって、
清志郎の声を聞いてると
生きてるんです。
清志郎が・・・。
結局未だ理解できていません。
只、僕らより何百倍も何千倍も辛いであろう貴方の言葉で本当に助かります。
本当にありがとうございます。
がんばります。
髭を剃って明日からまた、がんばります。
ありがとうです。
伸ちゃん。メッセージを有り難う。
清志郎さんは、ちゃんと最愛の三宅さんを待っていてくれたんですね。
本当に、お二人は強い絆で結ばれているのだと思います。これからのメッセージも。。。
昨日の青山ロックンロールショーも素晴らしかったです。
何から何まで清志郎さんらしくてカッコよくて、会場中が愛であふれかえってる感じで。
最初はずっと涙が止まらなかったけど、清志郎さんのニコニコ笑顔に心が救われました。
あーそういう事なんだー。。と気付いたら、なんだか心が楽になって、清々しくやさしい気持ちになれました。
三宅さんのブルースも、これからもずっとつづくのですね。
お身体には気をつけて、ほんと無理だけはしない下さいね。ずっと応援します。これからもずっと。
更新ありがとう
清志郎ちゃんの訃報をきいた時、私の頭には何故か、清志郎ちゃんが『いいとも』に出た時の映像がグルグル回ってました。伸ちゃんはギターのモニター背負って出たよねぇ。
…とにかく疲れを出さないでね。また会いに行きます。
テレビで流れる清志郎さんの映像には必ずあなたがいます。
いつの時代も、ずっと。
きっと、ずっと。
頑張って!
でも、「ここまで」と思った時には、それ以上頑張らなくても良いから…。
私は、伸ちゃんが大好きだから、いつでも何時までも応援しています。
昨日青山Rock'n Roll Showに行き、ボスの勇姿を見てきました。そして今夜、吉祥寺GBで三宅さんの歌を全身で受けとめました。僕には三宅さんの隣にボスがはっきりと見えました。
「追悼とか、そういうんじゃないんで。ただやりたいからやるだけなんだ!」そう言ってボスと一緒に作った歌、RC時代の歌、たくさんやってくれてありがとう。心の中で号泣して見ていました。でもボスは湿っぽいのはなんだかなー、と言うと思うので必死にこらえて見ていました。三宅さん、あなたも本当に最高です。
そっかぁ、それなら私もアンコールまでに間に合う。朝の8時半から夜の9時までの仕事だけど、5時半で早退させてもらえばなんとか行けるかもって...。
でも、目が覚めたら〜そんなに遅くまでやってるわけないよなぁ。と諦めかけておりました。9日の朝になるまでは!!!
当日会社に出勤したら、後輩が「清志郎さんの時間延長するみたいですね!終電ぐらいまで」
それを聞き、「えっ!!本当に?」と。
後輩が「行って来ていいですよ、今日はそんなに忙しくないし大丈夫ですよ」って言ってくれました。後輩に感謝し、私は夢と同じ、5時半で早退し青山Rock'n'roll Showへ向かいました。
そして、清志郎さんに直接ありがとうの挨拶をすることが出来ました。清志郎さんが、ほらっ、みてみろ〜夢は叶えられるぜ、諦めるなよ!って言ってる気がしました。
ホントにありがとうボス!!
言葉が、見つかりません。
また、ライブ、見に行きます。
清志郎さんとはしゃべったこともないくせに電車の中や人込みでも泣かないように我慢しても涙が出てしまいます…。三宅さんはもっとずう〜〜〜〜〜〜〜っと寂しく辛い気持ちだと思います。清志郎さんがあの世に行っちゃうなんて…。でもアルカイダーズのようつべ観て察するに清志郎さんは三宅さんのことがめちゃめちゃ大好きなんだなぁと思いました。すごい楽しそうに気を許してしゃべっていましたね。肉体はなくなっても清志郎さんの魂は生きていて、三宅さんを見守ってくれると思います。機会があれば三宅さんのライブに行きたいです。清志郎さんありがとう大好きです。いつか私も死んだら天国でタイマーズやアルカイダーズのライブが観れると信じています。
ちょうど伸ちゃんの友部さんとのツアーのビラを見た瞬間に友人から連絡が入りました。
昔、函館金森ホールにリトルでツアーに来た時伸ちゃんが一番前の俺の鼻の頭でピッキングしてくれたこと今でも忘れません。
突然のボスの曲の切り返しに必死でエフェクターを踏む伸ちゃんにボスへの尊敬を見たライブでもありました。
つらいでしょうが涙をぬぐって立ち上がって前進してください。
ぜひ函館にもライブをブチかましに来てください。
ボスとの大切な事聞かせてくれて・・。なんでこんなに早くお別れが来てしまったの!と何度も思ったけど、天寿を全うしたんだと伸ちゃんの日記読んで思うことが出来た。大切な人たちにちゃんと見守られて、清志郎は行ったんだね・・・よかった。
この一週間いろんな思いの中で、42にして実感としてようやくだんだんわかったことがたくさんあります。私の中で清志郎が存在してた本当の意味がどんどんクリアになっていくみたい。清志郎の唄う最強の歌とともに、愛し合う、感謝する等々の清志郎の言葉、何度も何度も聞いてた。聞いて育った。当たり前に聞いてた言葉たちが、本当のメッセージとして今こそズシンと心に落ちる。清志郎が魂だけになっちゃった今、清志郎のメッセージは何から何まで全部魂のメッセージだったことに今頃気づく。でも気づけた。大好きだった。今も。私の人生に清志郎がいて心から良かったと思います。この幸運に、感謝します。伸ちゃんにも心からありがとうって言いたいよ。なかなかライブに行けないけど、またそのうち行きます。古くからの友達誘って。
伸ちゃんどうか体に気をつけて、車とかにも気をつけて、元気だしていてください。悲しいけれど、道はずーっとつづいているよね。歩いたり立ち止まったりしながら、これからも旅をつづけていかなくちゃ。っていうかつづけて行きたい。
いろんな人が言ってたけど9日の晩の月は奇跡みたいにきれいだったな・・。ほんと凄いよ、凄すぎるよボスは!!何度でも言いたい!清志郎にRCに出会えてしあわせだった。伸ちゃんの日記と多くの方々の書き込みを読ませて頂き、私もこの気持ち、伸ちゃんへのエールと感謝と愛をこめて伝えたいと思い書かせていただきました。そして書くことでまた一つ心の中の石を置くことができた気がします。この悲しみから焦らずゆっくり回復していきます。
ボスが亡くなって
僕たちファンや三宅さんはもちろん
チャボ、泉谷さん、ヒロト、
寛平ちゃん、大竹しのぶさん、竹中さん
そして大勢の仲間達が悲しんでいるけれど
ボスは棺桶でみんなに感謝してたんじゃないでしょうか
9日の青山は仕事で行けなかったけど、
その日は追悼の意味も込め、
1日中RCやタイマーズを聴いていました。
ずっと好きだったのに、心にぽっかりと穴があいたような気がします。
日本放送局みてました。
信じられないですね。
はっきりしたのは、
やっばり清志郎さんはスターです。
天国で準備ができたら、
きっと、
かえってきますよ。
思えば初めて三宅伸治の名前を見たのは「忌野旅日記」というボスの単行本だった。古本屋で買ったんだ。当時中学生だったぜ。梅津さんはカニが大好きなんだよね。
ボスは普通以上に生気に満ちて見えた。エルビスは今でも毎年何万人だかに目撃されるらしいからみんな油断しちゃ駄目なんだ。
淋しくつらい日々が、時々やって来るでしょうが、受け止め、乗り越えてください!!
GODのやさしい人柄を誰よりも知っておられる三宅さんですから、GODを超える何かを手にしていくのだと思います。
個人的には、非常に勝手ですが、三宅さんの今後の活躍を、ますます楽しみに期待しております!!
昼は晴天。 夜は満月。
とっても清志郎日和の一日でしたね♪
清志郎は私にとって、世界一‘セクシー’なヒトです。
これからもずっとずっと愛してます。
愛してるのに会えないのはとても寂しいです。
三宅さん。 ボスの後をヨロシク。
セクシーな音楽を、これからもよろしくね。
昨夜の伸ちゃんもかっこ良かった!
22日待ってますね。
夢を信じるとき、清志郎さんが傍にいてくれる。
「ほら、ここにいるぜ!」
って、仲間がいるんだ。
何てったって清志郎さんがいるんだから、勇気出る!
清志郎さんにいつもいて欲しいから、夢を信じて生きていく。
エルビスの話、元気出た!ありがとう!!
よし、油断しないぞ。
大人になったら、東京にだって遠征してライブを楽しめるようになった。
もう、ライブの準備できないの?
違うんだ、いつも心の中で準備していよう。
もっともっと大人になって、ちゃんと準備して、清志郎さんに今いるところのライブに行くんだ。
それを、これから、ずーーーっと楽しみにしてるんだ!
伸ちゃんにもありがとうを言いたいです。
清志郎と伸ちゃんと、ステージで並んでる2人の姿を見るのが好きでした。
なんだか2人共とても深い信頼関係で結ばれていて、
チャボとはまた違う2人の世界って感じで。
もう伸ちゃんの横に清志郎の歌う姿はないけど、
伸ちゃんが笑ってステージに立つ姿をまた見たいです。
どんなに祭壇を見せ付けられても、
どうしても信じる事が出来なかったけど・・・
伸ちゃんが清志郎から「行く」ってメッセージ、受け取ったって言うのなら・・・
それは本当だったんだって・・・
今、初めてわかった。
エルビス目撃説の話、とっても励みになりました。
ありがとう。
アルカイダーズhttp://www.youtube.com/watch?v=AG7lOpyCBQA
三宅さんの言葉で「前向きにならなくちゃな」と思えました。
いつまでも沈んでられませんもんね。
ステージに立つお二人の姿、大好きでした。
これからも大好きです。
私も「夢を忘れずに」生きたいと思います。
辛いときにありがとうございました。
でもこれだけは伝えたいです。
清志郎さんとの大切なことを、私たちに教えてくださったこと、ほんとうにありがとうございました。
三宅さんの強さ、やさしさ、忘れません。
更新、ほんとうにありがとうございます。
一字一字読み進みながら、涙溢れてきました。。。
そうですか、、、
ボスはちゃんと待っていてくれたんですね・・。
ボスに語りかけたら、ボスは、‘行く’って言ったんですね・・・。
そうでしたか、、、
伸ちゃん、穏やかに眠る姿あるボスとの最後の対話の様子、伝えてくれて本当にありがとうございます。
その様子、見えました、目を閉じると見えました。。。
そして、、、青山に行っても、なんだかまだ信じられなかったボスの旅立ちが、やはり本当の事だとはっきり分かりました。
伸ちゃん、ありがとう・・・。
ボスとの‘約束’、、、
きっと見事に守っていかれる伸ちゃん、
これからも沢山のカッコイイ素敵な歌を作り、ずっとずっと聴かせて下さいませね、
みんながその歌に励まされていますから。。。
辛い時に綴ってくれた思い 読ませて
いただきました。
まだ気を抜くと涙が出そうです。
でもボスは皆の胸に最高な姿で輝き続けるのだから、気を落とさず前を向きます。
三宅さんの熱くて優しいLIVEをまた
体験しに行きます!
あんなイカしたラストステージで40000人も集める人なんて他にはいないもの。
一時的な感情で傷ついた心をえぐる様な書き込みは許せない! たとえそれが正論であってもね。 伸ちゃんが怒らずとも、ここを訪れるファンは怒るだろう。
失礼つかまつる。
清志郎さんはガンと闘って最期まで生き抜いたんだよ!
清志郎さんのことを無意識になったなんて言うんじゃねーよ!!!
清志郎さんの肉体は消えたけど、魂は生きているんだから☆
伸ちゃんの事 全て わかっていてくれる
離れ離れになんかなれないさ
僕らも離れ離れになんかなれないよ
少なくても「清志郎さんは三宅さん、偉大ですか?」なんて、あなたが聞く事じゃないと思うのです。
清志郎さんと三宅さんの間には、私達ファンにも想像出来ない様な確かな絆がある。
それが、事実。
誰が誰を尊敬しようと、偉大だと思おうと自由であって
それを他人が口を挟むことでは無いです。
あなたが、何を書こうと・・・
三宅さんの清志郎さんに対する気持ちは、これからもずっと変わらないだろうし
ファンの気持ちもずっと永遠です。
姿形は無くなろうとも、清志郎さんの想いは生き続けていますから。
私は、そう思っています。
どう思おうと、人それぞれ自由です。
でも、それを人に押し付けては駄目です。
清志郎が居なくなって、もう10日も経ちました。
色んな人達が、ここで気持ちを分かち合うようなそんな気分で、毎日覗いています。
清志郎の訃報を目にして、最初はただショックで気が抜けてしまい、日に日にTVで葬儀やライブの模様を目にする度に、ありがとうと言う気持ちの私と、何で死んじゃったの?バカヤローって口に出る私が居ました。
だけど、こういう結果になったのも全部清志が選んで決めた事だから。
人生って、どう生きたかが大事だなって考えたし今も考えています。
私は今後悔だらけの人生だから清志郎が羨ましい反面、同じ子供を持つ身として、子供の将来も見たかっただろうなって思ったり。
だけど、それは清志郎の決めた事だから。
清志郎の死に対して、病気に対して、こうしておいて欲しかったって言う権利があるのは妻や子供達だけなんじゃないかなって思います。
もしかしたら、RAINさんは助からない病気で命を落とした人を見て、やりきれない思いをしたりしているのかも知れないのかなって私は思いました。
確かに清志郎も命だけでも助かる術もあったのかもしれない。
私が身近な人間だったなら、歌い続けさせてあげたい思いと、どんな形であれ生き続けて欲しい気持ちとで苦しいと思う。
RAINさんの発言に、私もショックは受けましたが、ここで感情的に争うのは止めて欲しいです。
凄く悲しい。
清志郎が立派とか、そんな事はどうでも良くて、私達がそれぞれ清志郎から貰った物を大切にして行こう。
最後に、伸ちゃん、健康に気をつけてね。
ただすばらしくて、心の奥に温かいものをもらって、言葉にしようとしてもたくさんの言葉が浮かばなくて…ただ、清志郎さんありがとう。
あの日もらった心は大切な宝物です。
今も嗚咽してしまうけど、辛い中書いてくれてありがとうございました。
2人だけしかしらない話、教えてくれてありがとうございました。
絶対待っていてくれたんだと思います。
後悔が残らないように。
私達ファンも会えてよかったと思いました。
三宅さんもお体大事にしてくださいね。
ご苦労様でした。
楽しかったです〜
今年から、またロックしています
チョイト、人生わが身もフリカエラズ
頑張っていたもので〜
ホント、私は頑張りました、ホメテ、ホメテ、ミンナ
チョット、たまには、音楽聴いて
息抜きしたいです
好きなことをこれからはしたいな〜
お母さんは大変だ〜
伸ちゃん 皆に お別れのこと、話してくれてありがとうございました
私ね 清志郎が 最期まで 『歌うこと』決意したのは、凄く 悩んで 覚悟もした…
って 思います!
素晴らしい生き方の選択だったと…
支えた ご家族の皆様
月並みですが、お疲れ様でした…
どうか これからも、仲良く 元気で。
☆清志郎 ありがとう
医療の現場がわかりますって事は、医療の現場にいるんかな?
いて欲しくないね。こんな人…。
実は私、今年1月に16歳の甥っ子を交通事故で亡くしました
私は生きてきた中で一番泣きました
37歳になり、亡くなるって事は哀しくて辛いだけじゃない…心がとめどもなく苦して痛くなる事なんだと知りました
彼がいなくなった今、家族や仲間との時間の大切さ…誕生日を迎えられる有り難さを感じています
時間はかかると思いますがどうか乗り越えて頑張って下さい
天国の清志郎さんも安心すると思います
私も清志郎さん、好きです
だから遺して下さった事を大切にして毎日過ごしてます
ブルーのアイシャドーカマボコ塗り、原色好きな
あの人が、シャラクセーと、言ってはるわ〜
その気持ちがわかります
三宅さんのライブ楽しみにしていまっせ
批判をしているけど、
色々な意見があっていいと思う
ホント、三宅さんには、感謝
お疲れ出ないように、
しんどかったら、いつでも言って、
飲みに行こうぜ、大阪でね
今度、また、関西おいでやす
『愛し合ってるかい?』
『イエーイ!言えって、イエーイ!』って言えるかな?
十人十色、人それぞれ、いろんな考え方があって、良いと思います。
ただ、批判しあう事は、人を傷つけあう事に、繋がると思います。お互い認めあう事により…
『らぶっ&ぴーす』が、生まれるのじゃないかな〜。
みんなー、愛しているよ〜。
夢に向かって…高くJUMPしようぜ〜♪
なんか、三宅さんの『JUMP〜♪』の歌声が生で聴きたくなってしまった。その時は、心からの笑顔で、会えますように…
いろんなな考え方があっていいなら、反論するのも自由です。
(いまいち、何が言いたいのかわかりませんが…)
これにて終わり。 否定も肯定も書き込み無用っ!!
僕は忌野清志郎という偉大なバンドマンのいろんな唄や発言から間違ってると思った事にはきちんと間違ってると言うべきなんだって教えてもらって今までそう信じて生きてきたから、いろんな意見があって当然だと言うなら敢えて言いたいです。RAINさんの忌野清志郎というバンドマンを冒涜するような書き込みは断じて認めないし許せません。
僕は忌野清志郎という偉大なバンドマンのいろんな唄や発言から間違ってると思った事にはきちんと間違ってると言うべきなんだって教えてもらって今までそう信じて生きてきたから、いろんな意見があって当然だと言うなら敢えて言いたいです。RAINさんの忌野清志郎というバンドマンを冒涜するような書き込みは断じて認めないし許せません。
伸ちゃんのいつもオーライ! が聴きたい。
伸ちゃんといつもオーライ!を歌いたい!!
伸ちゃんに歌いたいよ。
今までずっと励ましてもらってきたから。
今、あなたに元気を届けたいです。
待っています。
次のライブも必ず行きます。
私には、伸ちゃんの歌が、必要なんです。
よかった!伸ちゃんとボスの事愛してる人がたくさん、いて!
伸ちゃんは、この欄に目を通してるはずだけど…
「デイドリムビリーバー」が大好きでした。
伸ちゃんのギターも清志郎さんの声もすべてがあったかくって・・・。
いつも亡くなった母の優しさを思い出して
じーんときていました。
いまは、この曲を聴くと清志郎さんへの思いが溢れてまだ、涙なしではどうしても聴けないけど、いつか伸ちゃんのLIVE
で聴きたいです。
これからも清志郎さんと伸ちゃんを応援しています。
参考になるか、分かりませんが、チェックしてみて下さいね。
清志郎さんが、本物のGODになってから…
久しぶりに『GOD』のアルバム聴きました。
清志郎さんのソウルが、ビシビシと伝わってきます。
三宅さんとの、強い絆も…悲しいみをぶっ飛ばせ〜!oh yey yey!!
LIVEでの感動。心が震えるような感覚、あったかくなった気持ち、全部覚えてる。私も、まわりのお客さんも ステージも、笑顔でいっぱいだった。
いつだって前向きで、背中を押してくれた。
だから、いつまでもメソメソしてちゃダメだよなって思う。
出会えてよかった!!
三宅さんが清志郎さんの曲を歌ってくれるときがあったら、笑顔で聴きたい。
三宅さん、大丈夫ですか?
そして、ありがとうございます。ほんとなら、秘密にしておいてもいいのに教えてくれてすごく嬉しかったです。
すごく救われました。
清志郎さんの“やさしさ”は、さすが三宅さんに受け継がれてると思います。
そのやさしさを三宅さんの唄で感じて生きて行きたいと思います。
しばらくは、三宅さんのライブで清志郎さんを感じさせてください。
まだ、清志郎さんの居ない世界に慣れていないので、少しの間許してください。
私達よりずっと近くにいた三宅さんの方がつらいだろうに・・、私たちのことを考えてくれたことに感謝します。
笑顔で生きていかなきゃねっ♪
ズート、優しい人、三宅さんも、
十代の頃、ガリガリやった私は
ボスがボインが、すきやという話には、
凹みました。ペチャやったから
ホント、ミンナ、清志郎さん、好きなんだね
三宅さんも好きです
いまは、どんとと仲良しかもね
いつか、行くから待っててね
なんて、怖いもの知らずなワタクシです
どんな生き方をしようとも、どんな形で病気と戦おうとも、それは本人が決めることであって、ましてや癌ならライブなんてしないで安静にしておくのが立派だなんて、それはあなた個人の意見なだけです。
人それぞれの意見があっていいとは思いますが、それを今、この場で発言して、それを目にした人が、どれほど悲しい思いをするか、わかってほしいと思います。
清志郎を批判しているのは1人だけだと推測されますが。
三宅さんもファンも傷つくので、この場では清志郎を批判しないで頂きたいです。
もうそろそろ止めてね。
私達の心を、これ以上掻きむしらないでね。
清志郎を聞こう。
今は、ただ聞こうよ。
僕も大学の時、清志郎さんの弟子になりたいって本気で考えました。でも、勇気もガッツもなくて、できませんでした。あなたは、それをやった。そして、あの偉大な忌野清志郎のバンマスになった。清志郎さんが、嬉しそうに誇らしげに、「バンマス、三宅伸治!」って紹介するのがとても好きでした。この悲しみはどうすることもできませんが、今は、天国での清志郎さんとオーティスとのセッションを楽しみに、毎日を精一杯生きるしかありません。また時々、三宅さんしか知らないボスの話を聞かせてください。
ここのコメントでどうこう思わないと思います。
何言われてもやりたい事をやり続けた清志郎さんが大好き。それがカッコよくてそれがROCKだと教わりました。
これからもROCK&LOVE&PIECEで三宅さんを愛していきます。
三宅さんのファンの方達は本当優しくて愛を感じますね。
こんな事言ってる私ですが、青山で現実を受け止めたつもりがその後どんどん悲しくなって今ボロボロです。
時が過ぎるのを待つばかりです。
GB楽しかったです。
ROCK'N ROLL!!
どうか、彼に手招きされる日が来るまで、歌い続けて居て下さい。
私たちにロックンロールでパワーをこぼしていて下さい。
彼が笑いながら見て居ていてくれると想うと、心強いですよね!
これからも応援しています。
一番近くにいたのだから、私たちには想像もつかない想いがあるでしょう。
蓑輪単志さんがブログに「三宅さんから清志郎さんの闘病のことを聞いて絶句した」って書いてました。
今はただ、「お疲れさま。よく頑張ったね」って清志郎に言ってあげたいです。
世界に一人しか居ない、唯一無二の存在でした。
批判を受けようとも、自分の伝えたいことを伝えられる音楽を届けていただけるよう、これからも期待しています。売り上げ至上主義の偽者の音楽は聴きたくありません。
三宅さん、キヨシローのスピリットを受け継いでいただけますよね?
本物の、魂のこもった曲をこれからも、期待しています。
見ると、笑顔の伸ちゃんや蓑輪さん、竹中さんたちが写っていて、なんだかとてもホッとしました。“いい”写真だなって思って、“あぁ、何か良かったぁ…”って。
蓑輪さんが“皆、それぞれの想いに涙した。…泣いて、そして笑った”って書いていらっしゃったのを読み、肩の力が抜け、あたたかな気持ちになりました。
本とはLiveに行って、生で伸ちゃんの歌を聞きたいとこですが、それが実現されていない私は、今まで勝手に色々想像し、勝手に心配したりして…
GBでのLive、石ちゃんやクドカンさんなども出演されたみたいで、きっと楽しいLiveだったんたろうなぁって。三宅バンドもゴキゲンなメンバーだし、石ちゃんの笑顔は本と最強ですもんね!盛り上がった事と思います。
蓑輪さんのコメントに“辛いこと、悲しいことを知って、人は人に優しくなれる。自分の弱さを知って、強くなれる。”
“人に優しく”そして仲間は集う…
というような事、書かれていました。(正確な内容ではありません)
あたしの理想です。
人に優しく。そして強く。みんなもそうだったら、いいなぁって。
三宅さんよりは年下な自分は、伸ちゃんみたいになりた〜い!と思うのです。
ミュージシャンとして、ロッカーとして、表現者として、男として、大人として、生身の人として。
どんな肩書きに対しても、私はあなたの事最高だと思ってます。あなたのような大人になりたいって思ってます。
どうぞ、明日からも、あの笑顔で三宅伸治の歌を聞かせてください。
伸ちゃん、またね!
Live行きます!
ありがとう。
応援してます。
命懸けで伝えようとしてた事、を大切にしたいなぁ。
『不死身のタイマーズ』のCDは持ってるのですが映像は持ってなくて…廃盤になったそうで…ライブ映像をDVD化することはできないでしょうか?1995年にタイマーズがきっかけでファンとなった自分としては、欲しくたまらない映像です!アルカイダーズの映像も欲しいです!『あこがれの北朝鮮』で爆笑したり、『障害者と健常者』でウルッときたりします。メロディやリズムも好きですし清志郎さんの独特な声や三宅さんのギターも好きです。
もちろんタイマーズアルカイダーズだけでなく『君が代』『QTU』『涙のプリンセス』なども好きです!
タイマーズDVD発売希望します!!!
お願いっ☆
皆、イロイロ書いていますが、
それなりに頑張っているのかな?
三宅さんには感謝。
しんどい時にすいません。
私未熟モノですが、
宜しくお願いします
ライブを聴きにいくことが
また、楽しみです〜
音楽を聴いていることが
じぶんに余裕ができ
一番、人にも優しくできる
ここは三宅さんのブログの場です。
三宅さんについて語りましょう。
「管で 繋がれて 長生きするのは、嫌なのよ…」でした
私は、「そんな事ナイよ。治るんだから」
って
自宅療養の限界で、病院に 再入院した直後、直ぐに 『モルヒネ』投与でした…
痛みは、和らぐけれど、家族のこと等 認識出来る状態ではなくなり、とても 辛く 見てられる心境ではなくなりました…
もう 18年前の事ですが、もし あの時 近くに 旅行する事とか、もっと してあげられること あったんぢゃないかな…って
人間として 最期の終り方を とても 考えさせられました。
清志郎のクローズを貴方が、とやかく 言うのは、間違いだと 思います。
キツイ 言い方でごめんね。
ブログを初めて拝見させてもらいました。
涙が出てきそうなくらい、最高のメッセージ
というか日記になっていて、感動しました。
自分は、三十代前半で清志郎さんのツアーに
初めて行ったのは、WANTED 鎌倉芸術館 でした。自分も、仕事で悩み苦しんでいる時に、行かせてもらったコンサートです。
清志郎さんや、NICE MIDDLEのバンドにも
元気をもらえて、生きる勇気をもらい
ました。清志郎さんは、自分の中では
生き続けています。これからもっと、
清志郎さんの曲を聴くだろうし、自分も
いつかステージで唄いたいと思っています。
三宅さん、はじめまして。今テレビで清志郎さんの特番を観て検索してみました。
清志郎さんの周りにいる人たちは、みんな笑顔になるような気がします。空の上でも、みんなを笑顔にしているんだろうなぁって思います。
有り触れた言葉だけど私たちの中で清志郎さんは生き続けますよね。清志郎さんの音楽は永遠だし。
これからは三宅さんたちが清志郎さんからプレゼントされた沢山の見えない大切な何かを私たちに伝えて下さい。
よろしくお願いします。